《直言》箱根駅伝 世界へ広がる可能性は

2025.01.24

《直言》箱根駅伝  世界へ広がる可能性は

毎年1月2日と3日、日本の新年を象徴するように行われる「箱根駅伝」。1920年に初開催されたこの大学対抗の長距離リレーは、今や日本の文化的な行事として全国的な注目を集めている。選手たちが217㌔の道のりをたすきでつなぎながら駆け抜ける姿には、スポーツの枠を超えた感動がある。しかしそれだけではなく、地域経済を活性化させ、観光やメディア、大学間の競争を軸に、経済的にも大きな影響を及ぼしている。

だが箱根駅伝のような長距離駅伝は世界でほとんど広がっていない。この形式が持つ魅力と可能性を考えたとき、なぜ他国の大学スポーツにはこの文化が根付かないのか。そこには、日本特有の文化的背景や、海外における競技環境の課題が見え隠れする。本記事では、箱根駅伝が日本で築いてきた影響力と、海外で長距離駅伝が発展しない理由、そしてその可能性を探る。

箱根駅伝は、日本のチームスポーツ文化を象徴するイベントであり、日本独特の価値がそこにある。東京から神奈川、箱根山に至る217㌔のコースを10区間に分け、学生ランナーが次々とたすきをつないでいく。その過程では、個々の努力だけでなく、チーム全体の戦略や協力が勝敗を決する。これは、日本人が古くから大切にしてきた「集団の力」をスポーツとして体現した形だ。

コースのほぼ全ての沿道では、観戦客や観光客による消費が地域経済に大きな恩恵をもたらしている。特に箱根エリアでは、温泉旅館やホテルが満室となり、観光産業の一大ピークを迎える。2023年には、駅伝関連の観光収益が前年比10%増加し、期間中の宿泊施設の収益が年間売り上げの15%を占めたとされている。

また、横浜や大手町などの都市部でも、地元の飲食店や商業施設が特需を享受している。駅伝にちなんだ限定商品や特別メニューが観光客の購買意欲を刺激し、地域全体が活気づく。単なるスポーツイベントにとどまらず、地域を巻き込んだ経済のエンジンとなっている。

全国的な注目度を支えているのは、大学やアスリート学生から生まれる感動だけでなく、メディアとスポンサーの存在がある。日本テレビが毎年中継しており、視聴率は常に25%以上を記録し、23年には30%を超えた。この視聴者数は、スポンサー企業にとって大きな広告価値を持ち、沿道に掲げられる企業ロゴや選手が着用するユニフォームは、ブランド力を高める強力なツールとなっている。

さらに、近年はデジタルメディアが新たな収益源として注目されている。ユーチューブやSNSを通じたライブ配信やハイライト動画が、国内外で多くの視聴者を集め、海外のランニング愛好者からも関心を得ている。こうしたデジタル展開は、日本国内だけでなく、グローバルなスポーツイベントへと成長させる可能性を秘めている。

箱根駅伝の特徴は、スポーツイベントでありながら、中心に大学間の競争がある点だ。そこから生まれる大学間競争の構造が教育と地域連携につながり、大学のブランド力を向上させ、地域社会や学生とのつながりを強めている。青山学院大学や駒澤大学といった強豪校は、駅伝での成功が大学の知名度を大きく押し上げている。優勝校には全国的な注目が集まり、その結果、受験者数の増加や企業からの寄付金の獲得につながる。この収益は、大学のスポーツプログラムの強化や施設の拡充に投資され、さらなる成功のサイクルを生み出している。

また、駅伝競技は地域社会とも密接に結びついている。選手たちの活躍が地域の子どもたちに夢や目標を与えるだけでなく、地域住民との交流やスポーツ文化の普及にも寄与している。駅伝は単なる大学スポーツではなく、地域全体を巻き込んだ社会的なイベントとなっているといえる。

では、なぜ海外では駅伝競技が盛んにならないのか? 日本でこれほど成功している一方で、海外では同様の形式が根付いていない。それにはいくつかの要因がある。日本では、チームワークや協調性を重んじる文化が根付いている。箱根駅伝はその精神を体現するスポーツであり、文化的な共鳴がある。しかし、欧米諸国では個人のパフォーマンスや目標達成を重視する傾向が強く、駅伝競技のような形式が優先されることは少ない。

また駅伝大会の開催には、広大なルートを確保し、安全に管理するための多大なリソースが必要となる。こうした課題は、大学の運動部やスポーツセンターが対応するにはハードルが高い。ほかにも、短距離や中距離のトラック競技と異なり、観客を魅了するためのシンプルさに欠けるという点も指摘される。

さらに、欧米やアフリカ諸国では、すでにクロスカントリーやマラソンが長距離競技として広く普及している。これらの形式が既に根付いているため、駅伝競技のような長距離リレーの需要が生まれにくいという現実がある。

それでも、駅伝競技が世界で広がる可能性は十分にある。特に次の条件が整えば、この形式が新たなスポーツ文化として定着し、たすきが世界をつなぐ可能性があると考える。一つ目は大学間の国際連携だ。複数の国の大学が参加する国際駅伝を開催することで、文化交流や新たなスポーツイベントとしての価値を創出できる。二つ目は地域特化型のアプローチ。開催地の文化や特性に合わせたルールや形式の導入により、駅伝競技の魅力を地域ごとに適応させることが可能である。三つ目はデジタルメディアの活用である。SNSやストリーミングプラットフォームを通じて、世界中のランニング愛好者に発信し、新しいファン層を開拓できる。

箱根駅伝は、伝統を守りつつも進化し続けているイベントである。その影響力は日本国内だけでなく、世界に広がる可能性を秘めている。一般的なトラック競技でも選手たちがバトンをつないで走る姿は、チームワークやその努力だけでなく、地域、大学、そして未来の世代を結びつける象徴だ。日本が誇るこの「たすきをつなぐ」という形式が、国境を越えて世界に受け入れられる日は近いのかもしれない。そのためには、日本独自の文化的価値を維持しつつ、国際的な視点で進化させる挑戦が必要である。たすきが未来へとつながるように、箱根駅伝が新たな可能性を切り開く道筋を、私たちも共に探り続けるべきである。


(山梨学院大学カレッジスポーツセンター副センター長・准教授 幸野邦男)

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