《直言》民主主義の継承を考える夏

2024.08.23

《直言》民主主義の継承を考える夏

事前の予想に違わず今年も暑い夏となり、各地で猛暑日の連続記録を更新するなど酷暑が続く中、79回目の終戦の日を迎えた。戦後生まれの人口が戦前生まれの人口を初めて上回ったのは1976年であるが、総務省の人口推計(2023年10月1日現在)によると、いまや総人口の87・9%が戦後生まれであり、平成・令和生まれも30・9%に達している。

敗戦で手にしたもの

年を追うごとに当事者の記憶の継承が大きな課題となってきているが、例年8月には、新聞やテレビをはじめ様々なメディアで、多くの関連記事・番組が報道される。膨大な人命と国富を失い、空襲で甲府を含む各地の都市が灰燼に帰すなど、語り継がれる戦争の惨禍には何度接しても想像を絶するものがある。それら大きな喪失、苦難と引き換えに、戦争の終結によって手にしたものもある。日本国憲法がその一つに数えられることは論を俟たないであろうが、戦後日本は、国民主権を基本原理とする憲法の下で、民主主義(自由民主主義)の政治体制を採る国としてその歩を進めてきた。

政治とは、「われわれの住む社会における紛争を解決し対立を調整しながら、社会の秩序を維持する人間の活動」(阿部斉)、あるいは「社会に対する諸価値の権威的配分」(D・イーストン)である。社会には、人々が価値を見出し手に入れたいと思うもの(たとえば金銭、権利、名声、安全)が存在する。これら価値あるものの配分は、人々の自発的な交換というかたちで決まることもあれば、自発的ではないけれど何らかのプロセスを経て人々が喜んで、または不承不承受け入れるかたちで決まることもある。後者の場合に政治の出番があり、配分の決定の受け入れには、権力(ある者が他の者を従わせる力)も不可欠となる。

権威主義体制の台頭

この政治を、自由を最大限保障しながら、一定の条件を満たす人々が、直接的または代表を通して間接的に最終的な決定権を行使して行うのが、民主主義である。民主主義国家は一般に、基本的人権の尊重、自由で公正な選挙に基礎づけられる政府、少数派の権利の擁護といった特徴を有するものとされる。民主主義をどのように定義するかによって振れ幅はあるが、民主主義国家の数は数次の波を経て長らく増加傾向を示し、89年の冷戦終結をうけて先行きを楽観視する見方が支配的な時期もあった。が、今日では、自由で公正な選挙の否定、市民的自由の制限、一党独裁制や軍事政権への回帰といった、民主主義の特徴を具備しない強権的な政治体制(権威主義体制)の台頭に直面している。

英誌『エコノミスト』を発行する企業グループの調査部門(EIU)は、06年以降、世界の国・地域の民主主義の状況を一定の指標で評価し、民主主義指数を公表してきた。最新の23年版によると、5分野(選挙プロセスと多元性、政府の機能、政治参加、政治文化、市民的自由)と60指標で評価した結果、「完全な民主主義」が24カ国で世界人口の7・8%、「欠陥のある民主主義」が50カ国で37・6%、(民主主義と権威主義の)「混合体制」が34カ国で15・2%、「権威主義体制」が59カ国で39・4%、となった。06年に比べ、民主主義体制とは言い難い後二者が、国数で8カ国、人口割合で5・9%増加している。

評価基準・分析方法や人口が多い国の評価結果が異なるため単純な比較はできないが、スウェーデンのV-Dem研究所が公表する『民主主義レポート』もよく知られている。同レポートの24年版は、民主主義国家91に対し権威主義国家88と、民主主義体制は国数でこそ上回るものの、世界人口の71%が非民主主義的な政治体制の国で暮らしているとする。

単に踊り場にいるのか、それとも長期的な衰退期を迎えたのかは議論を呼ぶところであるが、「岐路に立つ民主主義」という表現はあながち誇張とも言い切れなさそうである。民主主義国家における、反既得権・反エリートなどを旗印に、扇動的な表現や反対勢力への攻撃的な言辞で人々の支持の調達を図るポピュリズム(大衆迎合主義)の増勢も、民主主義の危機を意識させる。

日本は上位10~20%

日本は、EIUの民主主義指数で16位、V-Demの自由民主主義指数で30位であり、世界の国・地域の中では上位10~20%程度の位置にある。日本は、前者では調査開始の06年から一部の期間(15~19年はスコアが僅かに足りず「欠陥のある民主主義」)を除き「完全な民主主義」に、後者では分析が起点とする73年から一貫して自由民主主義体制に、それぞれ位置づけられている。順位に上昇の余地があることは確かだが、戦後の民主主義国家としての歩みは、一定の評価を得ていると言えよう。

とはいえ、課題もある。いずれの調査においても、女性の政治参加や投票率など政治参加に関わる要素の評価が際立って低いことが、日本の民主主義の大きな特徴、弱点となっている。

また、本来は地味で時間のかかる紛争の解決や対立の調整において、丁重さ、慎重さを欠く対応が散見され、それが正当化される場面も目に付く。丁寧な説明が果たされなかったり、対話や説得ではなく論破が称賛されたり、妥協が否定的に捉えられたり、批判勢力・反対勢力が無視・排除されたり、気がかりの種は枚挙にいとまがない。国でも地方でも、自由を尊重しつつ社会を統合していくために政治が果たすべき役割が、やや軽んじられてはいないだろうか。

英国首相を務めたチャーチルはかつて、「実のところ、民主主義は最悪の政治形態であると言われてきた。時折試みられてきた他のあらゆる政治形態を除けば、だが」という議会演説で、民主主義を擁護した。「最悪」であるからこそ、その持続には多大な努力が求められよう。戦争の記憶の継承とともに、民主主義の継承にも思いを巡らせつつ夏を送りたい。


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