《直言》最終講義 ~地域の豊かさを考える~

2025.03.26

《直言》最終講義 ~地域の豊かさを考える~

筆者は今月の31日をもって、山梨学院大学を定年退職する。1997年4月から28年間にわたり教鞭をとり、2月5日に最終講義を行った。

最終講義とは、退職する教員が行う最後の講義であり、定年まで勤めあげた者に与えられる特権のようなものでもある。

普段の講義とは異なり、公開講座として開催されることが多く、内容も多岐にわたる。専門分野を活かしつつ、より普遍的なテーマについて語ることが一般的だが、自身のこれまでの人生や、大学における教育・研究を振り返るケースも少なくない。

筆者は以前から、機会があれば最終講義を行いたいと考えていた。その理由の一つは、『The Last Lecture』という本との出会いであった。

2007年、米国カーネギーメロン大学で、ランディ・パウシュ教授の最終講義が行われた。彼は当時、バーチャルリアリティー(仮想現実)研究の第一人者であり、まだ46歳という若さだった。では、なぜ46歳で最終講義を行うことになったのか。それは、癌の転移が発覚し、余命半年と宣告されたためである。

3人の幼い子どもを抱える彼は大いに動揺したが、彼らに何かを残そうと考えた。そして、自らの人生を振り返りながら、最後の講義で大切にしてきた価値観や人生の喜び、夢を追うことの大切さを語った。この本には講義を収録したDVDが付属しており、その臨場感あふれる最終講義を視聴することができる。ユーモアあふれる、実に堂々とした講義であった。筆者もこのような講義をしてみたいと、強く思ったのを覚えている。現在もYouTube(ユーチューブ)で検索すれば観ることができるので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

さて、筆者の最終講義では、「地域の豊かさを考える」をテーマとし、これまでの人生、とりわけ山梨学院大学における28年間を振り返りながら、教育や研究について語った。研究に関しては、講義の中で十分に時間を割くことができなかったため、ここで補足したい。

筆者は大学院博士課程で経済学を専攻し、医療経済学の分野で研究を行った。山梨学院大学に着任後も研究を続けるため、山梨大学医学部の社会医学教室の門を叩いた。そこでの研究テーマの一つが「社会疫学」であり、医療経済学と共通する要素が多かったためである。

社会疫学とは、健康に影響を及ぼす社会的決定要因を疫学的なアプローチで明らかにする研究分野であり、筆者は特に「ソーシャルキャピタル」の影響について研究を進めてきた。

ソーシャルキャピタルとは、人と人との結びつきを支える社会的な仕組みを指す概念であり、家族、仲間、職場など、さまざまな社会グループの中で形成される。山梨県における「無尽」もソーシャルキャピタルの一つであり、地域の豊かさに影響を与える重要な要因の一つであると考えている。

その後、地域の企業や自治体との関わりが増えるにつれ、研究対象は地域経済へと広がっていったが、常に「地域の豊かさ」を念頭に置きながら研究を進めてきた。

2018年10月以降、読売新聞山梨版で筆者が執筆しているコラム「キラリ成長のヒント」では、県内の中小企業の特徴を分析している。コラム内では「豊かさ」について直接的に触れることは少ないものの、地域の中小企業の取り組みが、地域の豊かさに貢献しているケースは少なくない。

また、2022年12月には、山梨総合研究所より『山梨ならではの豊かさ ~地方が注目される時代へ~』を発行した。これは、山梨の特徴的な地域資源に注目し、地域の豊かさとの関係について論じたものである。

「地域の豊かさ」がどのように形成され、どのように醸成されるのかについては、まだ結論に至っていない。さまざまな見解があり、いまだ整理しきれていないのが現状である。

地域の豊かさに関する研究は道半ばではあるが、今後も引き続き探求していきたいと考えている。


(山梨総合研究所理事長・山梨学院大特任教授 今井 久)

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