2025.11.14
「Mwen kontan we ou, President! Mwen prie pou pay ou chak jou! (大統領! お会いできてうれしいです。あなたの国のために毎日祈っています)」
2025年10月11日、大勢の人で賑わう大阪・関西万博会場に、私のたどたどしいクレオール語(ハイチの公用語)が響き渡りました。ハイチのナショナルデーの公式行事に参加するため来日されていたサン=シル暫定大統領評議会議長は、その言葉を耳にして立ち止まり、こちらを振り返られたのです。柔和な笑みをたたえ、手を差し伸べられた議長に、私はハイチ友の会を代表して直接ご挨拶させていただく光栄に恵まれました。
許された時間はわずか数十秒。1994年の初訪問以来、20回を超える現地渡航と、ハイチの復興を支援するNGO「ハイチ友の会」の立ち上げ、雇用創出、教育環境整備への尽力。2010年のハイチ大地震における医療者としての支援活動。そして、19年以降は渡航が叶わずとも、復興を願う強い思いを持ち続けていること―それらを私は、一心不乱に伝えました。
その時、議長は私の言葉を遮ることなく静かに耳を傾け、最後に深く頷きながら、「Mèsi anpil. Nou bezwen kouraj sa a.(本当にありがとう。その勇気が私たちには必要です)」とたった一言、力強いクレオール語で返してくださいました。
遠く離れた日本にも、ハイチを愛し、その再生を信じている人々がいる。この一点だけは、あの数十秒で確かに伝わったと確信しています。これからのハイチを牽引していく指導者に、私たちの切なる思いを直接届けることができ、感無量でした。
ハイチ・ナショナルデーの公式行事は、祝賀ムード一色に包まれていました。世界遺産のシタデル城をはじめとする史跡や美しいビーチの映像が繰り返し流れ、詩と音楽で華やかに彩られた会場。その裏側では、21年7月のモイーズ大統領暗殺以降、武装ギャングが蔓延し、外務省から全土に「退避勧告」が出されるほど治安が極度に悪化、「破綻国家」とまで呼ばれる厳しい現実があります。

10月11日のハイチのナショナルデーに合わせ大阪・関西万博を訪れたサン=シル暫定大統領評議会議長㊧に思いを伝えました(筆者提供)
私たちが再びハイチの土を踏める日が来るのか、見通しは決して明るくありません。しかし、長年ハイチに寄り添ってきた支援関係者の皆さまと久しぶりにお会いし、率直に意見を交わすことができたのは、大きな収穫となりました。この日の万博入場者数は21万2000人とのことですが、私はおそらく誰よりも深い満足感と充実感を胸に、会場を後にしました。
ハイチ友の会代表 山梨市立牧丘病院副院長 小澤幸子
慶応大文学部在学中、ハイチ共和国の貧困を知り、1995年ハイチにおける雇用機会の創出と子供たちの教育環境の整備を目的とするNGO、「ハイチ友の会」を設立。この活動を経て医療分野で貢献したいと考え、山梨医科大(現山梨大医学部)に入学。現在、山梨市立牧丘病院にて内科医師として地域医療に携わる傍ら、ハイチ支援活動を継続している。2010年ハイチ大地震の際は日本赤十字社の緊急医療支援チームのメンバーとして現地に派遣された。県教育委員。