2025.10.10
去る夏の日、ある地方自治体の財政状況や行政改革の取り組みについて意見交換する会合に、出席する機会を得た。出席者からは、危機的な財政状況に改善の兆しが見られる現況を評価しつつ、取り組みの継続や深化を求める意見も出された。また、総合計画などによる行財政運営の制御、議会や監査の責務、住民との財政状況の情報共有の必要性、自治体間連携の強化など、次の一手に向けたさまざまな示唆に富む発言もあった。
行政活動には、行政組織が社会に働きかける対外的活動(社会管理)の側面と、この対外的活動を担う行政組織を適切に維持管理する対内的活動(組織管理)の側面とがあるとされる(西尾勝)。管理のあり方や技術は、基本的には日々の行政活動において日常的に蓄積・改善されていくものである。しかしながら時に、より大きな変化や困難に対処したり、政治的な支持を調達したりするために、日常的な管理を超えて、既存の制度や方法の枠内に収まらない改革が企図されることがある。
行政改革(行財政改革と称されることも多い)という語は、日常的な管理を超える事項だけではなく、日常的な蓄積・改善も含め、管理のあり方や技術の見直しあるいは大幅な向上をめざす取り組みを、幅広く指して用いられることが通例である。こうした広い意味での行政改革は、長らく、多くの自治体でしばしば重要課題の一つに位置づけられ、行政実務においても多種多様な取り組みが積み重ねられてきた。
戦後まもなくの財政難の時期を経て、朝鮮特需を契機とする経済復興とそれに続く高度経済成長期には、多くの自治体において、歳入の大幅な増加が旺盛な行政需要への対応を可能とした。
だが、次第に、行政需要の増大に歳入の増加が追いつかない事態も生じるようになった。さらに、2度のオイルショックや高度経済成長の終焉によって深刻な財政危機に直面した自治体が、独自に緊急事態や非常事態を宣言したり、歳入増加策や歳出削減策を検討・実施したりする動きも見られた。
「増税なき財政再建」を旗印とした第2次臨時行政調査会(第2臨調、1981~83年)とその後継組織である第1~3次の臨時行政改革推進審議会(行革審、83~93年)とを主舞台に進められた国の行政改革は、国家行政のあり方を大きく問い直すだけではなく、自治体にも「適正かつ合理的な行政の実現」を求めた。
第2臨調や行革審での議論を踏まえ、85年には旧・自治省が「地方公共団体における行政改革推進の方針(地方行革大綱)の策定について」を事務次官通達として発出し、全国の自治体に行政改革推進本部の設置と行政改革大綱の策定を促した。これ以前にも、一部の自治体では独自の行政改革の取り組みが見られたが、この通達以降、行政組織や行財政運営のあり方をある程度包括的に変化させていく行政改革の取り組みが、全国の自治体に一気に浸透していった。
国が示すテーマや方向性を踏まえて各自治体が行政改革に取り組むこのスタイルは、その後、「地方公共団体における行政改革推進のための指針」(94年)、「地方自治・新時代に対応した地方公共団体の行政改革推進のための指針」(97年)、「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」(2005年)、「地方公共団体における行政改革の更なる推進のための指針」(06年)、「地方行政サービス改革の推進に関する留意事項」(15年)などに引き継がれてきた。これらにより、事務事業や組織・機構の見直し、定員管理や給与の適正化、民間委託の推進、人材育成、公正性や透明性の確保、公会計改革、情報化・デジタル化への対応など、多岐にわたる課題への対処が促されてきた。
00年の地方分権一括法の施行後、国は行政改革における自治体の自立性・主体性を強調するようになり、指針等も地方自治法に基づく助言という位置づけが明確にされてはいる。が、今日に至るまで結構な数の自治体が、従前のとおり複数年の計画や方針を策定し、幅広い取り組みを継続してきた。
総務省「地方行政サービス改革の取組状況等に関する調査等」(23年)によると、都道府県の約96%、政令指定都市の90%、市区町村の約60%が、行政改革の推進に関する包括的な計画や方針を策定している。未策定であっても、特定の事項に限定した個別的な計画や過去の計画の継続によって、何らかの取り組みを継続しているとする自治体も少なくない。
山梨県内では、県は総合計画のアクションプランで行財政改革の取り組みを示し、ほとんどの市も行財政改革大綱や推進プランを策定している。町村は、包括的な計画や方針を策定している団体は少数であり、取り組み期間が終了した計画を踏襲しているとする団体が多い。
指針や留意事項というかたちで、国が折々の課題や方向性を示してきたこともあり、各自治体が推進する行政改革の取り組みには、共通点も多い。他方、自主性が重視される中で、計画期間、取り組み内容や項目数、重点領域の違いなど、計画や方針の多様化も進んでいる。ゆえに、一般的な傾向を読み取ることには難しさもあるが、全体的には改革の力点が、行政(行財政)運営の「量的改善」から「質的改善」へとシフトしてきた感がある。
すなわち、従来は、税・使用料等の収納率向上(滞納処分の強化)、各種公共料金の改定、公有財産の売却、広告収入の確保、職員削減、残業時間の削減、公共事業の見直し、補助金の縮減、民間委託や指定管理者制度の活用など、どちらかと言えば短期的に歳入増加や歳出削減が期待できる取り組みが主軸であった。
もちろん、現在でもこうした取り組みは継続されているが、それと同等あるいはそれ以上に、必ずしも短期的な歳出入の改善に直結しない、場合によっては少なくとも短期的には歳出増加要因となり得る取り組みが、一定の割合を占めるようになってきたのである。そうした取り組みは、顧客視点も意識した行政サービスの見直しや窓口対応の改善、住民の参加や住民との協働の拡大、職員の資質向上、職員にとって魅力的で働きやすい職場環境の整備、カスタマーハラスメント対策など、実にさまざまである。
さらに、昨今の物価上昇や深刻化する人手不足は、否応なく自治体にも変化を迫っている。事務経費の抑制、公共事業のコスト縮減、横ばいや漸減を前提とする委託料、公務員人気の高さなど、ほんの数年前までは当然視されていた行政改革の前提条件が、大きく崩れてしまったのである。
誰しもが住民あるいは職員として関係を有する身近な自治体は、包括的な行政改革の計画や方針の策定の有無にかかわらず、こうした潮流や環境の変化に先んじて対応できているのだろうか。それとも、後れを取りつつあるのだろうか。そしてまた、その判断を行うのに必要な行政の現状を読み解く情報を、自治体は住民と十分に共有しているのであろうか。危機を迎えてからではなく、危機に備え回避するための知恵の場づくりを、各自治体には期待したい。
(山梨大学大学院 准教授 藤原真史)