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「光の美術館」秋オープン
かざり
「理屈抜きに楽しめる場に」
清春白樺美術館
吉井 長三 社長
吉井理事長
「山梨新報」2010年7月9日掲載

 会員制アトリエや白樺派ゆかりの作品を集めた美術館などを運営する清春芸術村(北杜市長坂町)に今秋、建築家・安藤忠雄さんが設計を手掛ける「光の美術館」が開館する。同美術館は芸術村開設30周年の目玉事業の位置付けだ。吉井画廊会長で、芸術村を開設した清春白樺美術館の吉井長三理事長(80)に今後の展開などについて聞いた。

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 「光の美術館」は天井や外壁の一部から自然光を取り入れ、照明器具を使わないのが特徴だ。
 「絵の具で描かれた絵は呼吸していて自然光をあてると生き生きしてくる。特に北杜市は日照時間が日本一。朝昼晩の光の変化で変わり、絵本来の色が見えてくる」。自然光のみの展示は長年、温めてきた構想で今回、交友があった安藤氏に依頼した。敷地面積約130平方㍍。開館は11月3日の予定。
 展示作品は「大好きな画家の一人で、50年来の付き合い」だったというスペインの画家アントニ・クラーべ(1913〜2005)の作品を中心に展示する。クラーベは日本びいきで、芸術村で桜の絵を描いたこともあった。
 芸術村は吉井氏が「国内外の芸術家の交流の場」として廃校になった清春小跡地を当時の長坂町から9000万円で購入、1980年に開設した。その後、貸しアトリエ「ラ・リューシュ」(蜂の巣の意)や、白樺派が好んだセザンヌ、ロダン、ゴッホなどの作品を所蔵する清春白樺美術館、ルオー礼拝堂などを相次いで整備した。画廊での利益をつぎ込み、「これまでの投資額は絵画まで含めればおそらく何百億円という単位。おかげで商売の張り合いができた」とも。
 広島・尾道市生まれ。画家志望だったが、父親に反対され、中央大から三井鉱山に入社。だが、大学生の時に見て「救われた」というルオーの絵が忘れられず、1年で退社した。「画商になれば一枚くらいは(ルオーの絵を)持てるかもしれない」と思ったからという。その後、知り合いの画廊で修業。給料は1カ月5000円で三井時代の半分以下に減ったが、約10年間の「丁稚(でっち)奉公」を経て65年に独立、東京・銀座に画廊を構えた。
 修業時代も含め、武者小路実篤、志賀直哉ら白樺派の作家や、清春小跡地購入を勧めた評論家の小林秀雄、画家梅原龍三郎ら文壇、画壇の重鎮と交流が深かったことでも知られる。「人を引き付けるのは情熱。格好をつけたり、人まね、受け売りではすぐに見抜かれてしまう」が持論。
 それは芸術村のコンセプトにも一脈、通じるところがある。「白樺派の芸術家たちは十人十色、見たまま、感じたままをそれぞれ絵に描いた。来場者、特に子供たちに、知識や理屈抜きに美しいものに素直に感動し、喜んでもらえる場を目指したい」という。
 「この30年間夢中で走り続けてきたが、あの場所にこんな施設を、といった構想はまだたくさんある。これからも夢の実現に向け、挑戦し続けたい」

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