4月4日付
新・地場産業

元祖「水力」から元素「水素」へ

水の電気分解こそ本県“特産”
最高水準にある学術拠点も


 この国の商用電力には50ヘルツと60ヘルツの周波数が並存している。この起源が、山梨県にあったということはあまり知られていないようだ。
 日本の近代電力事業は、琵琶湖疏水(そすい)を導いて作られた京都・南禅寺の蹴上(けあげ)水力発電所に始まる。時に明治23(1890)年、天皇が居なくなって寂しくなった京都を励まそうと市電を走らせるための電源であったから、エジソンの唱える直流発電であった。
 これを改良したのははるか後年、明治45(1912)年のこと。この折に導入したのが米国ゼネラル・エレクトリック社製の60ヘルツ交流発電機であった。
 他方、これに先立つ明治40(1907)年12月20日、東京電燈株式会社(現東京電力)の北都留郡広里村(現大月市)駒橋発電所は、東京へ向けて一万五千キロワットの当時国内最大級の送電を開始した。この発電所はドイツシーメンス社の50ヘルツ交流発電機を備えたため、以後、山梨と京都の東西二大水力発電所に同調する形で、日本の電力はドイツ型50ヘルツと米国型60ヘルツとに収斂(しゅうれん)していったのである。
 そもそも東京電燈の母体が「甲州財閥」の甲府電燈であったから、わが国の電力の夜明けはまさに山梨から始まったといっても過言ではない。
 この話を始めたのは、「水素」を地場産業として製造する手始めとして山梨特産の水力発電、わけても「小水力発電」から始めるのが良いと言いたいからだ。大規模な先進事例はエジプトのアスワンハイダムにある。
 産業的に水素を大量に製造するには、原油や天然ガスなどを改質することが主として行われている。石油エネルギーに依存する自動車交通を水素エネルギーに軟着陸させていくには、ガソリンスタンドなど販売ネットワーク上で、原油改質技術による水素製造が一つの有力な方法ではあるが、原油や天然ガスを「山梨県特産」とは言い難い。それ故(ゆえ)ここでは取り急ぎ、アルカリ電解法を含む水の「電気分解」が水力発電発祥の地・山梨に適応的であると思われ、これを提案したい。
 ここにはもう一つ有力な地域の特長が込められている。水の電気分解には、燃料電池の逆操作、つまり燃料電池は通常は発電機なのだが、純水から水素を作り出す効率の高い逆過程がある。その燃料電池に関する技術は渡辺政広教授ら山梨大学工学部付属クリーンエネルギー研究センターが世界的に、実績・人材とも最高水準にある。水素エネルギー体系の中核技術はその高い効率性からして、やがて燃料電池に集約されていくであろうから、これを使う水素生成の発展性は高い。
 ところで、日本の水力発電は電力全体の18%に過ぎない。しかも、新たに使える包蔵水力量は僅少(きんしょう)で、せいぜい1千万キロワット程度であるというのが政府の公式見解である。しかし、これを鵜呑(うの)みにしてはいけない。というのは、この数値には経済的に成り立つ規模、そのために必要とするダム建設などのコストを算定基準にして推算されているからである。
 およそ数キロワットから数十キロワット程度の小型水力発電に限って言えば、急流をもってなる県内の中山間地域には無数に適地がある。これをRPS法(新エネルギー等電気利用法)などに合せて電力系統に流すとなると、煩瑣(はんさ)な手続きと精巧な制御が要求されるが、直流のままで水の電気分解に使うのであればごく低廉な設備で十分だ。都留市役所前の「元気君」は格好のモデルだが、これすら優等生に過ぎるぐらいである。
 小水力発電に加えて、系統に流すには品質が悪いと敬遠されがちな風力発電や太陽光発電も大いに有望である。
 もう一つ、山梨県には地域的な特長がある。柏崎刈羽原子力発電所からの超高圧送電線が秩父多摩山塊の尾根伝いに走っている。日本の電力は、発電した総電力量のほぼ半分を廃棄している。火力や原子力発電では、熱出力百万キロワットをはるかに超える超大型システムが多いために夜間や需要の減退期にシステムを停止できない。停止すると急激な需要増に追随できないからである。
 こうして使われないまま空(むな)しく廃棄されてしまうという不経済の欠陥システムが総発電力量の半分を占めているのである。
 この負荷率改善のために、大月にある東京電力葛野川揚水発電所は日夜活躍しているのだが、このような元祖山梨の「水力」システムを、元素「水素」の生産に振り向けるのであれば、来るべき水素社会に向けて偉大な一歩となるはずである。



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