2月22日付
エネルギー体系の革命

脱石油・脱原子力、そして水素へ

欠点持たない平和的エネルギー
水素研究に適した山梨の環境


 近代石油産業のはじまりがアメリカだったということは意外に知られていない。そして、たった150年の歴史しかないということも、である。
 1859年8月28日、アメリカ東部のペンシルベニア州の片田舎で、鉄道会社の車掌だったドレークという男が地下20メートルの地中から約30バレルの石油を汲(く)み上げたというのがその始まりであった。
 それまで世界一の捕鯨国家アメリカのこと、灯油などの液体燃料としては専ら鯨油が使われていたが、その悪臭といい、流通の不安定さといい、あまり具合の良いものではなかった。そこへ出現した石油は、その匂(にお)いすら魅力的で、たちまち人々の魂をとりこにした。いきなり、1バレル16ドルという破格の値がついた。
 このように、近代石油産業は生まれるやいなや、札束を産着にして迎えられたのであった。爾来(じらい)、高騰につぐ高騰、暴騰につぐ暴騰を繰り返し、今や1バレル100ドルという史上最高値を記録するまでに「成長」した。
 国際原油市場の価格の推移を見ると、暴落の歴史はたった2回しかない。その最初は、上述の発見の翌年、儲(もう)かることの分かったドレークと彼を支えた資本家らは、増産につぐ増産を図る。その結果、商品がだぶついて一気に1バレル50セントまで値崩れしたのである。
 しかし、やがて自動車産業が誕生し、石油が、火力発電から船舶や航空機の燃料として、また石油化学製品として膨大なコンビナートを結ぶ原料資源となるに及んで、石炭の座を奪い取って「産業エネルギー」の中心に、そして政治経済をも支配する「政治経済エネルギー」へと成長していった。
 そういう政治エネルギー化の中で、1970年代、OPEC(石油輸出国機構)による減産政策が石油危機を招き、この暴騰の直後に2度目の暴落を記録したのは記憶に新しい。
 このように、原理的にほとんど値崩れのない商品が石油である。これは、油井が次々と枯渇していくこと、それによって価格が上昇すると、その上昇した価格に見合って、僻地(へきち)の油田開発が現実化するためである。資源の枯渇が叫ばれながら、石油が消えない理由もまたここにある。
 その結果、たった150年で地球の環境汚染は極限にまで達し、地球温暖化が叫ばれるところまできてしまった。
 石油の欠点は環境問題以外にもある。それはこれが偏在しているということである。日本の東南アジア進出とその野望を打ち砕く太平洋戦争は畢(ひっ)竟(きょう)、石油戦争だったし、イラク戦争も究極は石油利権にまつわる戦いである。石油が戦略物資であるかぎり、それを支配する利権争いからくる政治的不安定は石油に生得のものと言わざるを得ないのである。
 同様に、原子力もその資源の偏在に加えて、そのアッパーストリーム(上流)とダウンストリーム(下流)に存在する廃棄物問題と、核拡散という深刻な三重苦を持つ以上、ウランは究極的に政治エネルギーに転化されざるを得ない。これらの欠点を全く持たない平和的なエネルギーといえば「水素」をおいてない。
 水素は、燃焼によってエネルギーが取り出された後では、「水」になるだけ。すべての燃料がパンドラの箱のように一度これを解放すると、炭酸ガスは言うに及ばず、窒素酸化物や硫黄酸化物などさまざまな有害な環境汚染物質を排出するのに比べて理想的なエネルギー源である。
 しかも水素は地球上に最も大量に存在する元素である。それなのに、これが使われないのは、水素は単独では存在しないからだ。酸素と化学的に結合して「水」になっていたり、その他さまざまな元素と化学的に結ばれて多種多様な物質となってしか存在しない。この結合エネルギーを解放するには、外部からエネルギーを注入しなければならない。そのエネルギーをどうするかは大問題である。この大問題を前にして人類は立ちつくしてきたというのが、エネルギー問題の本質であった。
 たしかにこれは大問題である。が、さまざまな手段や方法はある。その手段や方法を駆使することがエネルギー体系の革命なのである。そのいくつかについては次回以降、追々、紹介していこうと思うが、基本的には 1.自然エネルギー起源のエネルギーを使うこと 2.あるいは現在の石油・天然ガス・石炭・電力・原子力エネルギー体系の中での「矛盾」を原料として使う、ことである。これらの条件に照らして、山梨県は実に好い環境にある。



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