


| 南巨摩郡南部町内船3599 tel05566(4)2219 | ||||||
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| 内船寺へは、南部の市街地から南部橋を渡って内船(うつぶな)駅へ向かう。橋を渡ったらすぐのY字路を左に入り、その先を左折して踏切りを渡る。坂を上り詰めると内船寺にいたる。この内船(うつぶな)の地は富士川を望む左岸の集落だが、山懐に抱かれた地形で気候は温暖で、江戸の頃から伝えられている内船歌舞伎で有名なところである。 寺は、鎌倉武士であった四条金吾頼基が日蓮を慕ってこの地に移り住み、建治3年(1277)、邸内に三間(5.5cm)四面の持仏堂を建てたのにはじまる。 四条金吾は夫婦そろって熱心な日蓮聖人の帰依者であった。主君は鎌倉幕府執権・北条泰時の甥に当たる江島入道光時で、当時鎌倉では日蓮を排斥していたため、金吾は主君から信仰破棄の起請文を書くことを命じられた。だが、日蓮が金吾に代わって"頼基陳状"を書き、問題を解決したという。その後、金吾は主君の病気平癒に大いに功があったので、ここ内船の地を受領した。 | ||||||
![]() 本堂内に祀られている四天王の一つ | ||||||
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この寺には高さ28.8cmの小さな梵鐘(半鐘)がある。この内側には20種類の薬の調合法がかかれていて、寺ではその薬を四条金吾殿伝法の「半鐘薬」として戦前まで全国に販売していた。その当時の薬袋や内船寺が発行した道中手形なども残っている。 寺は、寛政と安政の二度にわたり火災を被った。現在の建物はそれ以降のもだが、本堂向拝に刻まれている竜の彫刻は幕末の宮彫刻師半兵衛の作といわれている。 寺宝には本堂内に祀る四条金吾夫妻の木像、日蓮上聖人真蹟の断片、上人木像、四天王像などがあり、裏手の寺領の船窪山には七面天女、鬼子母神を祀る堂がある。また、寺の裏の墓地には四条金吾頼基(正安2年)、夫人(正安3年)の古い五輪塔がある。 |
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![]() 内船寺入口 |