


| 南巨摩郡身延町瀬戸135 tel0556(38)0040 | ||||||
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| 「道(どう)」からさらに三沢川を上り、芝草の集落を右折して照坂峠のトンネルを抜けるとすぐ目の前に方外院本堂の赤い屋根が見える。寺の四囲は、ゆるやかに続く山地に囲まれ、仁王門、本堂、忠魂堂、庫裏、鐘楼などが均整よく建って、入口脇には六地蔵が並んでいる。秋には田の畦にヒガンバナが一斉に並ぶ風情のある寺だ。 方外院は貞治元年(1362)、本栖の赤坂に南明寺(第84番)2世梅林禅芳によって開創されたという。本尊の如意輪観音は平安末から鎌倉初期のものと推定されているが、寺伝によれば行基作といわれている。この観音像は昔から"瀬戸のお観音様"と親しまれてきた。像は一面六臂の寄せ木作りで、像容は京都系の仏師の手によるものとみられている。 | ||||||
![]() 境内にある地蔵 | ||||||
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古記によるとかつては"本栖観音"と呼ばれ、本栖の赤坂という所にあった。その頃、信玄がこの観音に深く帰依し、本栖の地頭に、「ここは草深いのでよい場所に移せ」と命じた。地頭は武田滅亡後に本栖西岸の長崎に、さらに丸山に移し、最後に瀬戸に安置されたのは慶長2年(1597)で、ここに穴山梅雪の寺領があったためという。この観音像のご開帳は毎年1月18日に行われる。 本堂入口の壁に縦2m、長さ20mもある大きな"千匹馬"の描かれた額がかけられている。安政の飢饉のとき、稲の不作を嘆き観音さまに祈願した老人に「馬の霊が飢えて稲を食べるので、霊を慰めるために各地より一人一匹の馬を奉納せよ」との霊夢があった。 馬の大額を奉納し祈願したところ、 翌年から豊作になったという。 この大額が完成したのは明治5年で、 本願人5人を含め29人の名があり、 遠くは甲府の人もいた。 |
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![]() 明治5年に完成した長さ20mもある「千匹絵馬」 |