


| 西八代郡市川三郷町上野4308 tel055(272)0877 | |||||
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| 市川三郷町を流れる芦川が深い流れを刻んでいる右岸に光勝寺はある。ここは上九一色の集落から、市川三郷へ抜ける渓谷沿いの道筋を10kmほど下った所で、町並みへ出る手前の静かな山合いの、自然の色濃い場所だ。光勝寺は山の斜面の深い木立ちの中にあって、長い石段の上の仁王門には広目天と多聞天が置かれている。寺の伝えによると、むかし四尾連湖(しびれこ)畔に二股の大木があり、これを切り出して2本の枝で仁王像を刻み、幹を使って門を建てたものだという。苔むした石段の脇に2本の大きな赤松があるが、これは幹に亀甲という大きなこぶのある珍しいもので、大きく広げた枝が旧駿信往還をおおうように立っている。 ここは甲斐観音霊場の第三番札所でもある。仁王門、正面の観音堂(本堂)、右手の客殿は寛文年間(1661〜1672)のものといわれ、風雪に耐えた歴史を感じさせる。 | |||||
![]() 本尊の千手観音菩薩像 | |||||
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承久2年(1220)の創立で、宥教僧都(ゆうきょうそうと)によって高野山金剛頂院の末寺として、真言密教の行の道場として開かれた。本尊は千手観音菩薩で運慶の作といわれ、元享(1321〜1323)の頃は後醍醐天皇の勅願寺となった。鎌倉時代、武田一族は、 将軍頼朝への奉仕で交代通行の際にはこの寺に人馬の足を休ませ、本尊に天下泰平と武運長久を祈願したという。観音堂の中は護摩壇となっている。また昔、持仏堂であったところを庫裏として使っていて、居間の奥の御簾(みす)の中に如意輪観音が安置されている。徳川の頃は歴代将軍からも庇護を受け、観音堂脇に当時の物である大きな朱印箱がある。 寺は無住の期間が長かったため、かなり荒れてしまったが、今は訪れる人に四季折々の花を楽んでもらおうと境内の整備に丹精している。とくにアジサイは山の自然のものを株分けし、6月には数百株が木立の間で可憐な花を咲かせる。また芦川渓谷はヤマブキの名所でもある。緑の萌え出す頃、ここは自然の恵みを堪能させてくれる。 |
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![]() 朱印箱 |