


| 南アルプス市宮沢1172 tel055(283)0525 | ||||||
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| 深向院は旧甲西町の田園地帯に独特の大きな屋根をそびえ立たせた由緒ある禅寺だ。かっては南朝ともゆかりが深く、以後は戦国の世の武田、徳川、幕末維新の頃も多くの人たちと関わりを持ったという歴史がある。ここへは第84番南明寺から国道52号線へ出て北へ向かい、荊沢(ばらさわ)交差点を右折、神社の手前を右折すると見えてくる。 天長年間(830年頃)に弘法大師の開いた真言寺院と伝えられ、もとは増穂町の泊平にあった。南北朝(1336〜)の頃、寺は南朝との関係が深く、今も後醍醐天皇や後村上天皇の綸旨を入れたという箱や、これを運ぶのに使われた勅使籠が寺宝として保存されている。その後、火災に遭ったとき、手狭になった泊平から他の土地へ移ろうと山上から眺めわたすと"天の沢のようなよい土地"がみえた。そこが旧甲西町宮沢であり、新しい寺院の山号もこれにちなんで「天澤山」となったという。武田信光(1200年代)、大井春信(1400年代)など時の領主が庇護を与え、寺は武家の頭領たちと深くかかわってきた。 | ||||||
![]() 武田信玄が愛用した茶碗 | ||||||
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天文(てんぶん)年間(1532〜54)に武田の宿将の跡部大炊介がこの辺りを領したとき曹洞宗に改宗した。当時は「御朱印深向院」として末寺40を数え、支配は遠く駿河や紀州にまで及んでいたという。しかし、寛政12年(1800)の火災で伽藍のほとんどを消失して法堂だけが残り、今は昔の面影はない。また、かつてこの一帯は大雨のたびに水害を受け、昭和32年の大水害のときには一面の泥水の中に孤立する深向院の姿が写る写真が保存されている。 寺宝も多い。木像華厳の釈迦如来像(県指定文化財)をはじめ、武田信玄が立ち寄ったときに愛用した茶碗、徳川家康が使った茶碗と香具、勝海舟、三条実美など幕末維新の要人たちの書が残っている。 |
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![]() 徳川家康が使った茶碗 |