


| 南アルプス市上市之瀬724 tel055(283)4541 | ||||||
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| 妙了寺は第81番伝嗣院の段丘を南へ下った所にある。伝嗣院から西へ登っていくと広い新道にぶつかる。そこを南へ2kmほど行った、伊奈が湖公園線との交差点の東だ。 寺伝では、創建は正応元年(1288)に中野村(現在の櫛形町中野)にあった妙竜寺という真言宗の寺を日蓮宗に改宗し、開山の日了の母・妙了日仏にちなんで妙了寺とした。現在の市之瀬の地へは2世日勢の時に移された。寺は宗門の中でも格式が高く、甲斐の国の触頭として甲府の遠光寺(第51番)、加賀美の長遠寺(第87番)とともに「国三カ寺」とよばれて末寺27カ寺を司っていた。また、武田時代には信玄との関わりも深く、軍事的拠点としての役割や檀家からの兵員の徴収、宗教を通じた領民支配などの役割を担ったともいわれ、朱印地3石6斗、寺域1万5千坪を領していた。江戸末(慶應4年)の「甲斐国社記寺記」によると堂塔伽藍が34棟ある巨刹であったという。 | ||||||
![]() 境内にあるサクラ | ||||||
| 昭和24年に大火を発し、経堂、宝蔵、山門などを残して堂塔のすべてが灰燼に帰してしまった。現在ではかつての広大な寺域の東半分に学校が建てられ、残る境内には本堂(昭和54年落成)、祖師堂、庫裏などがサクラの樹林の中にある静かな寺院となった。新しい本堂左の奥に昭和の火災から焼け残った経堂があるが、この中には県内一という巨大な輪蔵がある。これは延宝5年(1670)、京都万福寺より贈られたといわれる珍しいものだ。また江戸時代、徳川御三卿・田安家の一子亀之助(徳川家16代を相続・慶喜の次)の出産は当寺の住持の祈願によるものとされ、いまも安産祈願の寺として知られている。 | ||||||
![]() 輪 蔵 |