韮崎市神山町鍋山1111 tel0551(22)3118
宗派 曹洞宗
本尊 阿弥陀如来
重要文化財・阿弥陀三尊
JR中央線韮崎駅から車で5分/中央自動車道韮崎I.C.から15分/「御堂住宅」バス停から徒歩15分
拝観料 志納
駐車場50台  W.C. あり
 韮崎バイパスから武田橋を渡り、武田八幡に向かうほぼ中間点の小高い丘と見える上に願成寺は建っている。駐車場は寺より一段低い位置にあり、山門へは約50段ほど石段を登る。石段の両脇には1666年から同寺にある秩父三十四観音が立ち並び、参拝者を迎えている。
 石段を登り詰めると、山門、本堂、庫裏など広い境内が一望となる。この寺の最初の山門が建立されたのは寛文2年(1662)、しかし約200年後の元冶元年(1684)、暴風雨で倒壊してしまった。ようやく平成2年(1990)、念願の再建となった。
 この山門に掲げられた山号額は市指定の文化財。当寺の中興開基である武田信義は仏道の信仰厚く、祈願所として諸堂を整備したが、山号がなかったため、後白河法皇から宋僧・馗安揮毫(きあんきごう)の額を下賜された。度重なる山門倒壊にも難を免れて、今日に伝わっている貴重な額だ。ケヤキの一枚板で「鳳凰山」の力強い文字がひときわ目をひく。


保存庫に保存されている阿弥陀三尊像
 願成寺は寺記によると、宝亀2年(771)、心休了愚法印によって開創された京都祇園寺の末寺といわれている。延長6年(928)、地蔵菩薩を安置して願成寺と号したという。信義が諸堂を整備した時、京都より阿弥陀三尊を迎えて奉安し、願成寺の本尊とした。天正10年(1582年)の織田信長の兵火に伽藍は焼失したが、仏像は焼失を免れ、今日に伝えられ重要文化財の指定を受けている。
 中尊・阿弥陀如来坐像は坐高146.1cmの漆箔像で寄木造り。左脇侍は観音菩薩立像、右脇侍は勢至菩薩立像で、定朝系の仏師による大作で、本体はじめ、台座、光背など鎌倉初期の造顕当初のままである。  現在は本堂に向かう左手の一段高い位置にある平泉の中尊寺を模した保存庫に安置されていて、拝観には予約が必要となっている。
 信義の墓地は、本堂とほぼ並んだ左手にあり、角礫凝灰岩(かくれきぎょうかいがん)の大五輪塔が、方形の地輪、球状の水輪、半球状の風輪、最上部の風空輪と、鎌倉時代初期の塔形を完全に近い姿で残している。


三十四観音