北杜市武川町山高2480 tel0551(26)2743
宗派 曹洞宗
本尊 薬師如来
市指定文化財・山高氏の墓、カヤの大木
武川支所から車で5分/中央自動車道須玉I.C.から車で14分/「山高入口」バス停から徒歩18分
拝観料 志納
駐車場50台(大型車不可)  W.C. あり
 国道20号線を武川町・牧原交差点で左折、大武川の南岸を進む。道路前方には甲斐駒ケ岳が雄大な姿を誇り、右手には八ヶ岳が頭を見せ始める。最後の右カーブを抜けると山高の集落に着く。すぐに精進ヶ滝の案内板に従い右折、100mほど直進すると、突き当たるかのように高竜寺の総門が姿を見せる。
 高竜寺の特筆すべきは、山林を含めて15ha(15町歩)という寺領の広大さ。農地解放前には樹齢300年の大木が茂り、昼なお暗い境内だったという。そんな面影を今も残しているのが総門から本堂へと続く参道で、その長さは220m、県内で有数の長さだ。両側はスギ、ヒノキ、マツなどの大木が並木を作り、静寂さを守っている。総門は昭和53年に新築されたものだが、その材料(70石)を一本の丸太から調達したという珍しい門。般若心経の「無(む)けい礙(げ)」(自由にお入りくださいの意という)の扁額が掲げられ参拝者を迎えている。
 参道の終点左手に、県内では他で見ることのできない、「しだれ黒松」が、枝を地面すれすれまでに垂れ下げ、350年の樹齢を誇っている。


参道左手にある「しだれ黒松」。奥の赤屋根は鐘楼
 本堂は350年前の江戸初期の建造。奈良の古寺に見られる伝統的な四方つぶし様式。鐘楼は天保年間(1830〜43)の建造といわれ、当時鋳造された鐘は戦時の供出で失われてしまったが、昭和53年に保存されていた天保年間の契約書(設計図)に基づき再現されている。
 当初は真言宗の寺。天文元年(1532)年、山高越後守信之(やまたかえちごのかみのぶゆき)を開基に、山高氏の菩提寺として創建されたが、 約100年後の1650年に、三左衛門信俊(さんざえもんのぶとし)、信保(のぶやす)兄弟によって寺を修復、甲府・積翠寺、増福山興因寺の十世康山文泰和尚を中興開山に、曹洞宗に改宗され現在にいたっている。伝わる古文書は、山高氏よりの寺領10石の寄進状、興因寺への開山の願い書など数多い。本堂裏の山高氏累代墓所、樹齢400年のカヤの巨木は市指定文化財。


総門から続く長い参道