


| 北杜市白州町花水1461 tel0551(35)2720 | ||||||
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| 長坂町から白州町花水へは七里岩の長い坂道を下るが、永泰寺は坂道の中腹に建つ。境内からは東に霊峰富士を、西に甲斐駒ケ岳、北に八ヶ岳が見渡せ、とくに富士山は「甲州街道の富士三景」の一つに数えられる。 甲斐国志には、甲斐源氏の始祖新羅三郎義光の子、逸見四郎清泰の開基とされる。 寺記によれば、平安時代末の大治2年(1127)、義光の子、逸見冠者刑部三郎義清が開基となり天台宗の寺院として創立されたという。「清泰」は「清和源氏が安泰であるように」と付けられたといわれ、甲斐源氏との所縁を寺名に残している。しかし、応永年間(1394〜1426)の火災により一時衰退。その後、文明6年(1474)雲鷹玄俊和尚によって曹洞宗の寺院として再興され、現在に至っている。 境内は県道から一段高い位置にあり、斜面のため参道も本堂まで登っていく。入口の石段を登るとまず目に入るのが県の天然記念物に指定された根回り7.7m、目通り幹囲5.4m、樹高約28mのカヤの大木。雲鷹玄俊和尚が開山記念として植えたという説が伝わっている。同寺は宝暦元年(1751)に火災にあい諸堂、古文書等を焼失しているが、唯一難をのがれた総門が今に残り、カヤ葺屋根のままの姿で建立当時をしのばせている。 | ||||||
![]() 県指定天然記念物のカヤの大木 | ||||||
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境内には石造物も多い。県道と参道入口の間にある宝篋印塔(江戸時代)、六地蔵幢(ろくじぞうとう・室町時代)などのほか、完全な丸彫りで彫りの技術が高く評価されている馬頭観世音像。また本堂前には「悪龍退治」に関わる「座禅石」などが境内のあちこちに点在している。 寺は本堂を一周できる歩道が整備され、武田氏滅亡後、徳川氏に仕えた中興開基である武川衆の曲淵氏3代の墓所、龍の腕が納められたと伝わる「蛇骨塚(じゃこつつか)」、市指定文化財の裏山導景池泉観賞式庭園(江戸時代)など歴史の跡を見ることができる。 また、春は境内に植えられたサクラが、また秋には境内の周囲の土手に植栽された曼珠沙華(まんじゅしゃげ・ヒガンバナ)が咲き乱れる花の寺として、多くの参拝者やカメラマンを集めている。 |
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![]() 山 門 |