北杜市須玉町若神子1973 tel0551(42)2558
宗派 時宗
本尊 阿弥陀如来
県指定文化財・板碑
須玉支所から車で2分/中央自動車道須玉I.C.から車で5分/「農協」バス停から徒歩2分
拝観料 志納
駐車場あり
 長泉寺は佐久甲州街道(国道141号線)の旧道を清里方面に進み、若神子(わかみこ)地内の住宅地の道路左手に参道入り口がある。地元では地蔵さんと呼ばれているが、阿弥陀如来である大きな石仏が参道入り口右手にあって目印となっている。
 同寺の創建は明確でない。明治21年(1888)の若神子全体を焼き尽くした大火によって本堂、山門、庫裏などの建造物はもちろん、伝わる古文書すべてを焼失してしまったためだ。
 寺伝によると、もともと観世音菩薩を本尊とした真言宗の寺だったものを、遊行二祖の他阿真教(たあしんきょう)上人が甲斐を訪れた時に中興開山し時宗に改宗したといわれている。
 また、若神子は甲斐源氏の祖・新羅三郎義光が館を築いた所であり、その子、源刑部三郎義清(みなもとのぎょうぶさぶろうよしきよ)が病気の時、若神子の熊野権現に湧いていた湯に入って快復したところから寺を建て、湯沢山義清院長泉寺と号したとも伝わっている。


道沿いに建つ石仏・阿弥陀如来像
 参道と、新しく建てられた山門、本堂、庫裏、小さな宝物殿が、さほど広くない境内に並ぶ小寺だが、徳川家康からの「朱印状」(天正11年4月付け)が1990年、東京の書店で発見され、かつての寺領の規模がわかった。朱印状は宝物殿に大切に保存されている。
 同寺は、長大な板碑(県文化財)がある寺として知られている。「長泉寺名号板碑」と呼ばれるこの板碑は、高さ258cm、幅40cm、厚さ30cmの安山岩製。台座まで含めると総高290cmにもなる県内では最大のもの。碑の頂部に梵字で阿弥陀三尊を現し、左右側面に観音・勢至の2菩薩が刻まれている。文字に漆塗りの跡があることから技法的にも全国的に注目される優作といわれている。
 この板碑のほか境内には石仏が多くみられる。山門をくぐった左手には、かつての観音堂(山門手前右にあった)から移動した石仏が並べられている。


山門脇の石仏群