


| 甲府市和田町2595 tel055(252)6128 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| ||||||
| 緑が丘スポーツ公園・野球場のバックネット裏にある「勝頼菩提寺 法泉寺参道入口」の案内板に導かれて進むと、住宅地を抜けたところに山を背にした大きな屋根が見える。法泉寺の本堂と庫裏である。この山は法泉寺山と呼ばれ、明治のころまでは同寺の寺領だったという。 この寺は、鎌倉末期の元徳(北朝暦)・元弘(南朝暦)年間(1329〜34)に、甲斐守護武田信武が開基となり、夢窓国師を開山に創建された。信武は信玄十代の祖。その後、天正10(1582)年、勝頼が天目山下田野で自刃し、その首級は京都にさらされた。この時、妙心寺住持の南化和尚がその首をもらい受けて、妙心寺の開山堂のかたわらに手厚く葬った。この時、法泉寺の住持・快岳和尚もそこに居合わせ、勝頼父子の歯髪を持ち帰って同寺に葬った。武田氏の滅亡により菩提寺を持たなかった勝頼の菩提寺となった。 | ||||||
![]() 境 内 | ||||||
|
参道を進むと正面に鐘楼門がある。寛永3(1626)年に建立されたもので、近年、屋根瓦が葺きかえられた。 鐘楼門を入って正面が寛文7(1667)年建立の本堂。十一間、七間半の堂内には本尊の釈迦如来、聖観音、夢窓国師像などが安置されている。 本堂の左手にあるのが甲府市の文化財に指定されている経蔵。転法輪蔵と名づけられて鉄眼版一切経六千九百五十六巻が納められている。経蔵前には大岩があり、岩の上には金剛智慧不動尊が祀られている。金剛不動尊からさらに左手にまわり込んで石段を登ると宝篋印塔が二つ並んでいる。勝頼と信武の墓だ。甲府市の史跡に指定されている。ほかにも信玄、勝頼、徳川代官などの古文書類や、武田菱が彫ってある石刳貫式井戸側(市指定文化財)、夢窓国師坐像(同)など寺宝も多い。 |
||||||
![]() 鐘楼門 |