甲府市上積翠寺町984 tel055(252)6158
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 釈迦如来
市指定文化財・武田信玄和漢連句、 八ノ宮良純親王の硯箱と煙草盆
JR中央線甲府駅から車で15分/ 「積翠寺」バス停から徒歩10分
拝観料 志納
W.C.あり
 甲府駅北口から武田通りを北上、武田神社を左にまわり込んでさらに進む。主要地方道甲府・山梨線で道は登り坂となり、ぐんぐん高度を上げる。バスの終点・積翠寺バス停から相川沿いとなり、道幅も狭くなる。バス停から歩いて5分ほど、道の右手に積翠寺はある。ここからは足下の武田神社をはじめ、甲府の市街が一望のもとに見渡せる。
 甲斐国志によると開山は行基、夢窓国師の弟子竺峰(じくほう)が中興したという。境内に泉が湧き出ていて巨岩から滝になっていたところから、もとは「石水寺」といったが、中世になって現在の「積翠寺」の字が使われるようになった。
 ここは武田信玄誕生の地としても知られている。大永元(1521)年、駿河の今川勢が甲斐に侵入したとき、大井夫人は懐妊中で要害山へ避難の際、当寺で男児を産んだ。勝千代といい、後の武田信玄である。このとき産湯を汲んだ井戸が現在もあり、寺の南西には産湯天神が祠られている。


不動堂。中央は武田信玄像
 左右に石灯籠のある境内入口から、松の枝の張った参道をまっすぐに進むと、右手から庫裏、書院、本堂と続いている。庫裏、書院の建築年代は不詳だが300百年以上は経っているという。本堂は元禄のころの建立で草屋根だったが瓦に葺き替えた。
 書院、本堂の裏手には夢窓国師築庭という庭園があり、サツキやツツジの時期にはすばらしい景観を見せる。また、本堂左手には不動堂があり不動尊、武田信玄像などが祀られていて、毎年4月には不動尊祭りが行われている。
 寺宝には、天文15年(1546)、信玄が26歳のとき、後奈良天皇の勅使として下向した三条西大納言実澄と四辻中納言季遠の二人を招き、東光寺法泉寺などの僧も加えた十数人で開いた和漢連句の会の記録 「積翠寺(武田信玄)和漢連句」1巻、 寛永20年(1643)甲斐へ配流された八ノ宮良純親王遺愛の硯箱と煙草盆などがあるが、一般には公開していない。


初春の境内