


| 甲府市愛宕町208 tel055(252)2471 | ||||||
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| 武田信玄の母大井夫人の菩提寺。岐秀元伯(ぎしゅうげんぱく)が開いた臨済宗妙心寺派の名刹。はじめは現在の甲西町鮎沢にあった。大井夫人はその岐秀元伯に帰依、嫡子晴信(後の信玄)に儒学、修禅、治国の基本などを学ばせた。永禄2年(1559)に晴信が出家したときには岐秀を導師とし、機山信玄の法名も岐秀から贈られたという。 大井夫人は、 天文21年(1552)にこの世を去ったが、晴信は鮎沢では母の墓所が遠かったため、亡き母を開基に、岐秀和尚を開山に請じ、館に近い現在の地に新たに長禅寺を開かせたもの。このため鮎沢の寺は以来、古長禅寺と呼ばれるようになった。 信玄は臨済禅の関山派に深く帰依し、京都や鎌倉五山にならって甲府五山をおき、長禅寺をその主座としたという格式と由緒のある寺。 | ||||||
![]() 愛宕山から見た長禅寺の伽藍 | ||||||
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第57番の能成寺からは愛宕山の裾野を、JR中央線の線路に沿ってぐるっとまわった反対側。徒歩で約10分ほどの距離にある。 真新しい大きな門をくぐるとその奥に仁王門。門の中はうっそうとした樹々が繁り、池を配した庭園の奥にどっしりとした大きな本堂がある。 本堂右にある庫裏とは長い渡り廊下でつながれている。 本堂右手手前に三重の塔、 左手前に大井夫人の霊廟、その奥に五重塔が建ち、境内は幽すいな雰囲気につつまれている。 大井夫人の墓は、本堂左手のゆるやかな坂をのぼった小高い場所、昔の甲州財閥・若尾家の豪壮な墓所の裏に木々に囲まれるようにひっそりと建っている。母の菩提を弔うために、鮎沢の古長禅寺からわざわざ甲府に移した信玄の心が偲ばれる。 寺宝は一般には公開していない。 |
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![]() 山 門 |