甲府市若松町6-5 tel 055(232)3363
宗派 日蓮宗
本尊 釈迦如来
市指定文化財・日蓮聖人真筆弁殿御消息
JR中央線甲府駅から車で5分/ 「若松町南」バス停から5分
拝観料 志納
駐車場あり W.C.あり
 第54番広教山信立寺の周辺には数多くの名刹が軒を連ねている。いずれも甲府城築城のおり、この地に移ってきたものである。信立寺も当初は穴山小路(現在の甲府市武田)にあったが、文録年間(1592〜95)に現在地に移転した。境内に入ると正面に色鮮やかな朱色の本堂が建っている。
 この寺は身延山久遠寺の府中における宿寺としてその公用伝達の役割を持っていたことから、身延山と一体に扱われ、徳川氏の御朱印も身延山と一紙で与えられていた。往時の境内は1万坪(33,000平方m)、本堂の他に庫裡や釈迦堂などの諸堂を備え、支院も11を数える巨刹であった。
 信立寺は大永2年(1522)、身延山13世日傳上人が武田信虎の帰依を受けて建立した。上人はそのまま身延山には戻らずこの寺で亡くなったことから、久遠寺の隠居寺とも言われていた。


弁阿闍梨日昭に宛てた日蓮真筆の書状「弁殿御消息」
 寺の草創にはひとつの言い伝えが残されている。信虎の重臣に遠藤掃部介(えんどうかもんのすけ)茂氏という人がいた。掃部介は法華経の信仰を持ち、主人の信虎にもその教えを説いていた。それが代々禅宗家柄である信虎の怒りをかい、切腹を命ぜられた。信虎が重い病にかかった時、ある夜、夢枕に掃部介が現れ、霊験あらたかな釈迦仏のことを知らせた。信虎は夏目原(御坂町)に祀られていた釈迦仏を探し出し祈願したところ全快したという。信虎は掃部介のために一寺を建立し、この釈迦仏を安置した。これが信立寺の始まりと伝えられている。
 信虎はこの寺を建立する時、百日間法華宗になったと伝えられている。境内には信虎の供養塔(五輪塔)がある。
 たびたびの火災や戦災で伽藍のほか、多くの寺宝を失ったが、本尊の釈迦如来像はその度に寺の関係者や地域の人達の手によって持ち出され、寺の歴史を今に伝えている。


木造釈迦如来座像