甲府市太田町5-16 tel 055(233)2009
宗派 単立
本尊 阿弥陀如来
県指定文化財・一蓮寺過去帳、 紙本著色渡唐天神画、 絹本著色柳沢吉保画像 ほか
JR中央線甲府駅から車で5分/ 「遊亀公園」バス停から徒歩5分
拝観料 志納
駐車場あり W.C.あり
 遊亀通りに面して建つ「稲久山一絛道場一蓮寺」の額が掛かった黒塗の門を入る。昭和20年の甲府空襲では「一木一草も残さない」ほどの焼け野原になったが見事な復興だ。参道を進むと左手に「味噌なめ地蔵」の小さなお堂がある。
 さらに進んだ左手には昭和59年に完成した重厚な本堂、参道正面には鐘楼がある。この鐘楼からは毎日、朝の6時と夕方の6時(10月1日から2月末日までは5時)に時を告げる鐘の音が鳴りわたる。本堂の奥には平成6年に完成した宝物館「遊故館」があり、県の文化財に指定されている「紙本著色渡唐天神像」「一蓮寺過去帳」「絹本著色柳沢吉保像」などをはじめ、寺宝の数々が収納されている。


いしずえ地蔵
 本堂右手に庫裏、その手前に赤い屋根の小さなお堂がある。「いしずえ地蔵」だ。昭和20年の甲府空襲の時亡くなった人のうち三百数十体を寺の庭で荼毘に付したという。「いしずえ地蔵」はその戦災者慰霊の地蔵である。また、本堂の前にはひときわ大きな石碑が建っている。碑面には「山梨県会発祥の地」と刻まれている。明治10年5月7日から14日まで、当時の県令の藤村紫朗の招集で開かれた第1回山梨県会は一蓮寺の本堂が議場となった。
 当寺は、武田信義の嫡男・一条忠頼が源頼朝の手によって討たれたため、夫人が尼となり、現在の甲府・舞鶴城の地で一条道場と号したのが始まり。一条氏は忠頼の弟の信光の子・信長によって再興される。信長の孫・時信の時代に相州藤沢遊行寺の二祖・真教上人がこの地を訪れた。時信は上人に深く帰依し、弟一条宗信を開山第1世とし稲久山一条道場一蓮寺福応院と号した。その後、文禄3年(1594)に甲府城築城のため現在の地に移転した。
 宝物館「遊故館」の拝観には事前の予約が必要。


夕方には一蓮寺保育園の園児たちが境内を横切り家に帰っていく