


| 甲府市伊勢二丁目2-3 tel 055(235)1783 | |||||
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| この寺は、 甲斐源氏・加賀美遠光が建暦元年(1211)に、菩提寺として建立したもの。 はじめは「感応山」と号し、 笛吹川と荒川が合流する小曲に建てられたが、 ここは水害が多いため、 その後、 蓬沢に移した。 ところがここも水害が多かったため、 天文年間(1532〜54)に現在の地に移った。 日蓮宗に改宗したのは文永年間(1264〜74)。 日蓮聖人が身延に入山したとき、この寺の住持が日蓮に帰依し、弟子となり、名を日宗と改めてからである。 寺の入口には「河東之惣導師」 の碑が建っている。身延山の甲州の末寺は3か寺の触頭により支配されていたが、その一つが遠光寺で、釜無川の東側の巨摩、八代、山梨3郡の寺を差配していたという格式ある寺である。 平和通り沿い、約3000平方mの境内が白壁の塀に囲まれている。 伊勢町通りに面した三門を潜ると正面の本堂までの約50mの参道はサクラの並木が続いている。 春には花のトンネル、 初夏から夏にかけては緑のトンネルになる。 | |||||
![]() 伊勢町通りの面した山門から桜並木が続く | |||||
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甲府は昭和20年8月6日の米軍のB29爆撃機による空襲で市街の約7割近くを焼失、 多くの寺院も焼け落ちた。 遠光寺もこのとき伽藍のほとんどを失った。 本堂が再建されたのは昭和45年。 県出身の建築家・内藤多仲の設計によるもの。 鉄筋コンクリート造りで奈良・法隆寺の夢殿を模したものだという。 本堂の右に書院造りの客殿、 庫裏が続いている。 また本堂奥には昔の名残をとどめた庭園もある。 加賀美遠光の墓は本堂の左手、 鐘楼の脇を入った墓域の右手突き当たりあたりにあり、 鐘楼横には明治のころ、 公設消防組と私設の消防組との対立を和解させた火消しの組頭・河内弥右衛門の顕彰碑がある。 寺では毎年8月8日に二天尊夏祭りを行い本尊の十界曼荼羅をご開帳している。 この日は境内に屋台も出てにぎわう。 |
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