
| 甲府市(旧中道町)七覚4104 tel 055(266)4018 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| ||||||
| 役小角(えんのおづぬ)は役 行者(えんのぎょうじゃ)とも呼ばれ、634年、大和(やまと)国(奈良県)に生まれ、 32歳のときに山にこもり験術を得たといわれる。各地の山を開き修行をしたが、その呪術が人々を惑わすものだとされ、伊豆(静岡県)に流された。大宝元年(701)、許されて京都に帰ったが、その後の消息はわからない。超人的な伝説も多いが、その一生は山岳仏教の開拓に捧げられ、修験(しゅげん)道の開祖とされる。 小角(おづぬ)は人々の信仰のために富士山への道を開いた。その出発点として伊豆からの帰途の大宝元年、円楽寺が開かれた。第47番安国寺から西へ、国道358号線の右左口(うばぐち)交差点を直進、正面の丘の上にある。桓武天皇の時代(781〜806)には国家鎮護の勅願道場に列し、塔頭(たっちゅう)3、坊32を有する壮大な寺院に発展、甲斐修験道の巨頭として大きな勢力を持っていた。この丘と南の五社権現のある小山のあたりが全て寺領であった。 | ||||||
![]() 六角経筒 | ||||||
|
山門を入ると正面が本堂、その右手に庫裏がある。境内中央に立つ樹齢500年の大イチョウがひときわ目を引く。秋には陽に輝き、遠くからも見てとれる巨木だ。円楽寺には、かつては南側の山に行者堂、六角堂などがあったが、伊勢湾台風の被害に遭い崩壊。行者堂にあった役小角の像は本堂に移されている。この像の中の銘には、延慶2年(1309)に修復したと書かれていて、像の制作様式からしても制作年代はさらに100年ほど遡ると考えられる。役行者像としては日本最古のものである。右脚を曲げ、左脚を垂らして座る姿が特徴。供の前鬼、後鬼、役行者生母像とともに本尊の左手に祀られている。 六角堂は源頼朝の創建と伝えられ、納経所として知られていた。信者自らが書いたお経を入れるための「六角経筒」が残っていて、本堂内に展示されている。 |
||||||
![]() 役行者像 |