
| 笛吹市八代町永井1543 tel 055(265)2259 | ||||||
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| 無碍(むげ)とは「障りがない」という意味。また、瑜伽(ゆか)は「ゆが」と読んでインド仏教の瑜伽(ゆが)教、「ヨーガ」(精神統一)につながる言葉。ともに他に例のない寺名という。 霊亀元年(715)に無音律師が開いた寺で、古くは法雲院といった。 聖応寺(第44番)を開いた向嶽寺13世・無住道雲(むじゅうどううん)によって禅宗寺院として再興された。向嶽寺派としては最も古い寺である。 定林寺(42番)から西に1kmほど、信号のある小さな四つ角を入っていくと、永井天神社の隣に墓地が見えてくる。山門は、時代劇などで関所の門に見られる冠木門(かぶきもん)で、柱の頭に冠をのせている。山門から正面の薬師堂までサクラが並木になっていて、春には花のアーチに覆われる。薬師堂は町指定の文化財で、格子戸越しに薬師如来像と鎌倉前期の薬師十二神将を拝することができる。本堂はさらに奥、塀に囲まれてひっそりとたたずんでいる。 | ||||||
![]() ![]() 薬師堂の中の十二神将像 | ||||||
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この寺には封印された箱が伝えられていた。開けてみると、中には渡金を施された泥の固まり。仏教が栄えた奈良時代に最も多く作られた塑像、いわゆる「どろ仏(ぼとけ)」だった。崩れて復元不可能だが、山梨県内では最古の仏像である。この時代の塑像の分布は奈良付近に限られているが、境内西側の発掘調査(平成4年)から同時代の遺跡が見つかったこともあり、この地で作られたものと思われている。全国的にみても貴重なもので、甲斐の仏教文化の水準の高さを示す資料とされる。24個の断片は現在、東京国立博物館に、残りは同寺に保管されている。復元すれば、同寺の十二神将(像高85cm前後)と同じくらいの大きさという。 もう一体、地元で「だいにっちゃん」と呼ばれる等身大の如来像がある。左手はあとからつけられたもので、薬師とも大日とも、定かではない。平安前期の木造如来形座像として県の文化財に指定された。 4月8日には薬師の縁日があり、近隣の人々でにぎわう。この日は、同寺が保存する大般若経600巻を転読する。 |