
| 南都留郡富士河口湖町小立692 tel 0555(72)1542 | ||||||
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| 四季折々に大勢の観光客が訪れる河口湖。妙法寺は富士河口湖町小立の湖畔にある。富士急行線の河口湖駅から県道を勝山方面に1.5km程行くと妙法寺の参道の入口がある。山門をくぐると木々に囲まれた境内は森閑として、湖に遊ぶ観光客の声も聞こえない。 妙法寺は弘安元年(1278)、日蓮聖人が富士山麓を流布に訪れた際、説法を聞いた28人の農民たちが日蓮に帰依し、その場所に法華堂を建てたのに始まる。 その折、日蓮は農民たちが持ち寄った28枚のつなぎ合わせた紙に曼荼羅を書いた。これが「二十八紙大曼荼羅」と呼ばれるもので、日蓮の曼荼羅では最大のものといわれている。 後年、この大曼荼羅をめぐって宗門間で争いが起きた時に、妙法寺の本寺に当たる日法上人開創の光長寺(静岡県)に曼荼羅は納められ、以後そこに蔵されることになった。この大曼荼羅は、妙法寺住職一代に一回限りの里帰りが許されており、平成11年3月、35年ぶりに「里帰りご開帳」があり、大勢の人たちで賑った。なお、妙法寺には日法が書いた十八曼荼羅が贈られ、本尊となっている。 | ||||||
![]() 平成11年に開かれた「二十八紙大曼荼羅」の「里帰り御開張」 | ||||||
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山門をくぐると本堂の左手に三十番神堂(町文化財)と村芝居の回り舞台がある。三十番神堂は法華経を守護する三十体の神像を祀る建物で、明治時代の優れた和洋建築として知られ、柱や鴨居などに細密な彫刻が施されている。庫裡は間口13間、奥行き7間半のがっしりした切妻造りで、明治19年の火災で伽藍を焼失した時に船津にあった民家を移築したものである。建物の年代は江戸末期と見られており、内部には当時の建具や家具のほか、紀州徳川家のお抱え絵師、波羅蜜(雪岳)が杉戸に描いた鶴の図など文化的に価値のあるものも多く残されている。庫裡は町の文化財。本堂は明治期に建てられたものである。 境内には東山梨郡牧丘町出身の詩人、大村主計の「花影の碑」がある。主計は大正12年から2年間、この地で教鞭をとっており、その時、薫陶を受けた生徒たちが彼の徳を慕って建立した。また、その隣には作家・新田二郎が「富士を背に緑したたる妙法寺」と詠んだ句碑もある。その句の通り、妙法寺から見る富士の姿は美しい。 | ||||||
![]() 二十八紙大曼荼羅 |