
| 大月市七保町下和田1219 tel 0554(23)1536 | ||||||
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| 国の名勝で、日本三奇橋の一つ「猿橋」を見ながら、大月市七保町下和田地区に入る。葛野(かずの)川にかかる中央自動車道の陸橋の下を右折し、坂道をしばらく登ると花井寺の入口が見えてくる。入口のこんもりとした森は、花井寺と因縁の深い春日神社の神域である。ここからは眼下に大月市の市街が一望でき、風光明媚な場所だ。 山門をくぐると左手に塔身 8mにも及ぶ巨大な大宝篋印塔が建っている。台石の下には「五殻豊饒」と「国家安泰」を願って近郷近在の善男善女が一つの石に一文字を浄写して作ったという一石一字の経文が埋められている。正面の本堂は享保(きょうほう)年間(1716〜1736)に作られたもの、右手の鐘楼は創建1000年を記念して昭和61年(1986)に建立された。 | ||||||
![]() 「紙本墨書大般若経」六百巻 | ||||||
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この寺は寛和(かんな)2年(986)、花山法皇が東国御幸のおり、この地に草庵を結び、弥勒菩薩を奉安したことに始まる。花山法皇は四国観音巡礼を発願したことで知られる。その後、真言密寺として近隣の信仰を集めていた。一時期廃寺寸前に衰微してしまった寺を、塩山向嶽寺(第12番)の絶学無(祖)能(ぜつがくむ〈そ〉のう)禅師が中興開山し、寺名も花井庵から「花井寺」に改め、臨済宗の寺となった。絶学無能はその後、吉田に至り、月光寺(第29番)を創建している。 本尊の弥勒菩薩像は、寺伝では堀口民部の作と伝えられているが、制作年代は明らかでない。この寺の寺宝に山梨県の文化財にもなっている「紙本墨大般若経」六百巻がある。これは、安貞2年(1228)から230年もの長い年月をかけて書写された貴重な仏典で県内でも有数の古いものである。 | ||||||
![]() 境 内 |