甲州市勝沼町等々力1289 tel 0553(44)1341
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
県指定天然記念物・ムクノキ
甲州市勝沼地域総合局(旧勝沼町役場)から車で3分/ 「四つ角」バス停から徒歩15分
拝観料 志納
駐車場あり
 万福寺は旧甲州街道を北へ入った森の中で、立正寺からは1.5kmほどの道のり。国道411号線に出て等々力交差点(旧甲州街道と青梅街道の合流点)の西の細い道を入って突き当り。同寺は戦前まで本堂が15間(約30m)四面の巨大な建造物であったが、明治以降、無住の時期を経て建物が痛み、戦後になって近代的なコンクリートへ建て直された。
 縁起では、聖徳太子の命を受けた調子麿(ちょうしまろ)が甲斐へ入国して時の国司・秦川勝(はたのかわかつ)の助けを得て建立したといわれ、奈良朝にまで歴史を遡ることができる。その後、法相・天台・真言の三宗兼学道場であったが、鎌倉期の寛元2年(1244)に当時の住職・源誓坊光寂(げんせいぼうこうじゃく)が万福寺に寄寓した親鸞(しんらん)に深く帰依して浄土真宗とした。


天然記念物のムクノキ
 その後、後醍醐天皇など三帝の勅願所、足利将軍家の祈願所などにも定められたといい、当時は末寺や坊を多数持って浄土真宗の中本山(触頭)として栄えた。しかし元和年間(1615〜23)の火災や、また山主・順能と坊中の争いから12坊のうち9坊が離反して大谷派に転ずるなど歴史の変転をへて衰微した。
 境内には馬蹄石といわれる大石がある。これは聖徳太子が黒駒に乗ってこの地を訪れた際、この石の上にとどまったときの馬のひづめの跡と伝えられている。このほか境内には県の天然記念物に指定されている目通り幹囲5mのムクノキの大木、また親鸞聖人にまつわる杉堂などある。逸話によると、同寺で昼食した親鸞が手にしていた杉箸を地面にさした。やがて箸は芽をふき、大木となった。この奇譚にちなんで万福寺は"杉の坊"と呼ばれた。杉はその後枯れて根元だけが残り、いまはその周りを白壁で囲んで"お杉堂"と呼んでいる。 


馬蹄石