甲州市塩山中萩原352 tel 0553(33)9039
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 聖観世音菩薩
市指定文化財・十六善神像図、 渡唐天神像図/市指定天然記念物・イトザクラ
JR中央線塩山駅から車で10分/ 「大藤小前」バス停から徒歩5分
拝観料 志納
駐車場あり 普通車50台
 慈雲寺は、青梅街道を奥多摩方面に3kmほど行った中萩原にある。寺はJR中央線塩山駅から雲峰寺(第11番)、大菩薩峠へ抜ける旧道に近く、畑の中の参道に立つと低く見える山門、その向こうの本堂と本堂を覆うように立つ有名なイトザクラの巨樹が見える。
 暦応年間(1338〜42年)に夢窓国師(むそうこくし)によって開かれた寺で、以来、法灯が守られてきた。江戸末期に当時の住持白巌和尚(はくがんおしょう)が寺内で寺小屋を始め、のちに樋口一葉の父もここで学んだ。明治20年(1887)に寺では本堂内に学校を開き、これが明治40年に「私立山梨里仁学校」となり、さらに場所を千野(塩山市内)に移して第2次大戦の終了時まで続くなど、地域の教育に大いに尽くした。


イトザクラ
 慈雲寺のイトザクラは山梨のサクラを代表するものの一つで、高さ14m、幹の目通り3.5m、枝張りは東西20m、南北18mあり、樹齢は推定300年(元禄4年に堂宇が再建されているので、当時植えられたものと推定)という。開花の時期は4月の初旬で、花は少し赤みをもち、これが春のおぼろの中にたたずむ姿は他に類を見ないほど見事だ。最近では県外にもこのサクラのファンが増えて、開花の頃にはアマチュアも含め多くの写真家が訪れる。また慈雲寺は「花の寺」として、訪れる人が四季折々の花を楽しめるように各種の花木を植栽している。
 寺には樋口一葉と眞下晩菘(ましもばんすう)の碑がある。晩菘はここ中萩原の農民の出身で、徳川幕府に仕えて幕末には陸軍奉行並支配(5千石)の要職にまでなった人物で、その当時には郷党の若者を多数江戸に呼び寄せ武士に仕立てている。一葉の父も晩菘を慕って江戸に出ている。一葉の文学碑は大正11年に建てられ、幸田露伴が碑文を書き、坪内逍遙、与謝野寛、与謝野晶子、森鴎外、田山花袋、佐藤春夫など近代文学の著名な人々が賛助者に名を連ねている。


一葉の碑