
| 山梨市三富徳和2 tel 0553(39)2757 | |||||||
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| 普門寺から国道140号線に戻って北へ、雁坂みちを笛吹川沿いに5〜6km行くと「左折・徳和」の案内板がある。ここから2kmほど急な坂を上ると徳和の集落で、吉祥寺は集落の奥まった右手、石垣を積み上げた高台にある。 この地は、乾徳山の登山口でもあり、かつて夢窓国師(疎石)が恵林寺(第9番)を開く前にこの乾徳山の岩窟にこもって、90日間岩壁に向かって座禅したといわれる所だ。辺りは幾重にも折り重なる奥秩父の山並みに囲まれた静かな山里で、とくに新緑の頃はウグイスの声が終日やむことがない。 寺の小さな石段を15段ほど上ると正面に真言の山寺らしい風雨に耐えた本堂があり、右手に庫裏、本堂脇には県指定天然記念物のエドヒガンの大木「新羅ザクラ」がある。このサクラは甲斐源氏の祖である新羅三郎義光お手植えの伝説があり、昭和23年、倒れた三代目の木は幹囲3.1mあった。ところが放置した根元から再び芽が出てこれが四代目のサクラとして成長し、現在は目通り幹囲1.25m、樹高9mとなっている。 | |||||||
![]() 本堂の屋根に映える樹齢400年の新羅ザクラ | |||||||
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吉祥寺は承元年間(1207〜10)、武田信光が甲斐源氏守護のため、この地に一寺を建て毘沙門天(びしゃもんてん)像を安置したことによる。永禄8年(1564)に信玄が堂宇を再興し、この時の棟札がいまも寺に保存されている。現在の建物は延宝7年(1679)に修復したもの。 珍しいのは内陣の欄間に2m以上もある大百足(むかで)が彫刻。これは武田百足衆(伝令隊)がこの地の出身者で構成されていたことによるもので、テレビや映画などで百足印の旗を背につけた百足衆の活躍シーンが目に浮かぶ。当地では今も百足を決して殺さないという。 また吉祥寺の毘沙門天は甲州東郡七福神の第7番でもある。 | |||||||
![]() 大ムカデの彫刻 | |||||||