東八代郡石和町松本610 tel 055(262)2100
宗派 真言宗智山派
本尊 不動明王
重要文化財・絹本着色仏涅槃図
JR中央線甲府駅から車で20分/JR中央線石和温泉駅から徒歩5分
拝観料 志納
駐車場あり W.C. あり
 光福寺から国道140号線を石和方面に2〜3km行くと、道の左手に緑の山を背負うように大蔵経寺の大屋根が望見できる。平等川にかかる橋の手前を左折、畑道を大蔵経寺山へ向かって入る。物部神社の参道の東側一帯が寺域で、その少し先に塀を巡らせた大蔵経寺がある。
 手入れの行き届いた境内は正面に本堂、右手に庫裏、左手に新装の宝物殿があり、中庭中央には樹齢200年ほどの大きなサルスベリが枝を広げ、夏の日盛りに見事な花をつける。
 この寺は天正の頃に家康の祈願所となるなど徳川家とのゆかりが深く、山門の扉とその脇にある大きな灯籠に徳川の紋が打たれている。また所蔵品の中には徳川家にかかわるものも多い。


葵の紋が入った山門の扉
 寺記によると、養老6年(722)に行基が創建し、十一面大士を安置して松本寺(しょうほんじ)と号して物部神社を鎮守としたという。その後、およそ80年後に弘法大師が不動明王などを彫り、納めたという。さらに、応安3年(1370)に将軍・足利義満が甲斐守護の武田信成に命じて諸堂を造営し、三層(一説には五層)の宝塔を建て大蔵経を奉納したのが寺号の始まりとなり、このとき天台から真言へと宗派を転じ、江戸期には真言七談林の一つとして栄えた。
 江戸期の元禄と文化に二度の大火に遭い、仏像その他の寺宝類はことごとく焼失したが、幸い別棟の宝物殿が残り、重要文化財の仏涅槃図をはじめ、武田の頃の将軍地蔵、徳川秀忠(二代将軍)秘蔵という三面大黒天、ほか多数の仏画などが残っている。


遠  景